9)コロナの後遺症として、アルツハイマー病等の発症リスクが高まる?

新薬コラム

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 昨年の12月27日の朝日新聞によれば、海外ではコロナ発症後の後遺症として、アルツハイマー病や認知機能障害の発症リスクが高まるという報告が公表されているとの事です。これらの報告は、米医学誌ネイチャーメディシン(ネイチャーの関連雑誌で生物医学分野の研究を扱っている)や英医学誌ランセットサイカアトリー(ランセットの関連雑誌で精神医学分野の研究を主に扱っている)に掲載されていることから、かなり貴重な情報と考えられます。そこで、コロナの後遺症とアルツハイマー病等との関連について、他の報告も含めて調べてみました。

 米医学誌ネイチャーメディシンに掲載された報告(2022年9月)では、米国の退役軍人の医療データベースを利用し、コロナに感染した約15万人、非コロナ感染者約565万人、及びコロナ禍発現前の対象者約585万人について、1年間追跡し、比較しています。
 総合的な結果としては、コロナ感染者の神経学的後遺症のハザード比は1.42(95%信頼区間1.38~1.47)と推定されたとのことです。
 ちなみに、個々の症状の内、コロナ後遺症として虚血性脳卒中のリスクはハザード比 1.50(95%信頼区間1.41~1.60)、記憶障害のハザード比 1.77(95%信頼区間1.68~1.85)、およびアルツハイマー病のハザード比は2.03(95%信頼区間1.79~2.31)であったと推定しています(それぞれ、50%、77%、103%増加する可能性が推定される)。
以上より、コロナ感染後12カ月目の時点での、コロナ後遺症として、神経疾患のリスクがある事から、コロナ感染症の長期的な影響を考慮する必要があるとしています。
 (引用)Ziyad Al-Aly et al., Nature Medicine 28. 2406~2415(2022)

ハザード比とは?

ハザード比とは、イベント(例えば、調査対象として、コロナ後遺症の発症数とする)の起こりやすさを試験期間全体の平均的な群間差として推定したもので、通常は分子に調査対象群(例えば、コロナ後遺症の発症数)のハザード、分母に比較対象群(例えば、コロナ後遺症の非発症数とする)のハザードとして相対的な効果の大きさを推算します。ハザード比が1であれば両調査群で差がないと解釈されます。イベント発生を抑える力が弱い場合にはハザード比は1を上回ります。例えば、調査対象群の比較対象群に対するハザード比が1.5であれば、調査対象群のほうが、比較対象群に対し、50%イベントの発生を抑える力が弱い(つまりイベントが50%増える)と解釈できます。このハザード比の精度を示すものが95%信頼区間であり、狭ければ狭いほどその精度は高く、95%信頼区間が1を含まない場合に、統計的な有意性がある事を示します。

 また、英医学誌ランセットサイカアトリーに掲載された報告(2022年8月)では、研究期間中にコロナに感染した約128万人および同数のコロナに感染していない他の呼吸器感染症を持つ患者とで、2年間の国際的な「後ろ向きコーホート研究(特定の条件を満たした集団を対象にして診療記録などから過去の出来事に関する調査を行う研究手法)」を実施しています。
 その結果、コロナ感染症患者では、精神医学的転帰として、認知欠如、認知症、精神障害等がコロナ感染後2年経ってもリスクが継続しているのに対し、他の非コロナ感染症患者では、これらの症状は早期に治まり、2年間を通じて、リスクが継続することはありませんでした。尚、「後ろ向きコーホート研究」では関連性の可能性は示唆し得るものの、因果関係を立証したものではありません。
 (引用)Maxime T et al.,  The LANCET Psychiatry 9  815~827(2022)

 この他にも、2022年9月に、米国のケース ウエスタン リザーブ大学は、医療機関を受診した約620万人(コロナ感染症患者約40万人、非コロナ感染症患者約580万人)の65歳以上の高齢者を対象とした「後ろ向きコホート研究」を行っています。その結果、コロナ感染症患者は、非コロナ感染症患者に対し、360日以内にアルツハイマー病の新規診断を受けるリスクが、ハザード比として1.69(95%信頼区間1.53~1.72)であったと推定しています(69%増加する可能性が推定される)。
   (引用) Xu R et al.,   J  Alzhermers Disease 89. 411~414(2022)

 一方、「コロナの後遺症とアルツハイマー病等との関連」とは、少し観点が異なりますが、米国のテキサス大学健康科学センターから、特定のワクチン接種によりアルツハイマー病そのものの発症リスクが低下する可能性が報告されています。報告によれば、破傷風・ジフテリア・百日咳の3種混合ワクチン、水痘帯状疱疹ワクチン、あるいは肺炎球菌ワクチンのうち、少なくとも1種のワクチンを摂取したヒトは、これらのワクチンを接種していないヒトに比べて、アルツハイマー病の発症リスクが25~30%低下していたとの事です。
 (引用)  Harris K, et al. J Alzheimers Disease. 95. 703-7188(2023)

結論

 コロナの後遺症としては、倦怠感、頭痛、息切れ、咳等、いろいろな症状がある事が知られています。今回、その中の一部の症状として、認知機能障害やアルツハイマー病等の発症リスクが高まる可能性が報告されていますが、その発現機序は明確にはされていません。
 一方で、アルツハイマー病(AD)の進行を遅らせる国内初の新しい作用機序を持つ進行抑制剤が、承認を取得し販売されています。しかしながら、本剤の治療対象となる軽度認知障害と軽度認知症の患者さんは、現時点で国内には500万人位と推定されていますが、2050年位には1000万人に達するとの推定も予測されています。
 従って、コロナ後遺症としてのアルツハイマー病を含め、治療薬のみで、本疾患の治療をカバーするには、限界があると考えられます。アルツハイマー病の発症の危険リスクとして加齢、家族の病歴、遺伝性が挙げられていますが、これらは制御できない因子になります。その他の因子として、高血圧,心臓疾患,脳卒中,糖尿病,および高コレストロール等も当該疾患の発症に間接的に係わると考えられています。これらの疾患にならないように、あるいは重症化しないように、医薬品や健康食品等を活用する事で、しっかり管理し、アルツハイマー病や脳血管性認知症にならないようにする事が求められると考えられます。

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